みどりの窓から

「みどりの窓から」は、先生たちのつぶやきです。

「みどりの窓から」は
先生たちが毎日保育する中で、園児とのエピソードなどと共に
感じたこと・考えたこと・思っていること…など
交代で毎月の便りの「ひよっこ」に、載せているエッセイです。
こどもと先生のほっこりとした時間を垣間見てくださいね。

「みどりの窓から」は、先生たちの
つぶやきです。

「みどりの窓から」は、先生たちが毎日保育する中で、 園児とのエピソードなどと共に 感じたこと・考えたこと・思っていること…など 交代で毎月の便りの「ひよっこ」に、載せているエッセイです。
こどもと先生のほっこりとした時間を垣間見てくださいね。

2026.02

「けんしんこども園」

 保護者の皆さんの大切なお子さまを預からせていただている「けんしんこども園」ってどんな園なのでしょうか?
 ご存じの通り?けんしんこども園は、浄土真宗の仏教園です。同じ浄土真宗の幼稚園やこども園は、広島にも全国にもたくさんあります。でも「けんしんこども園」は、浄土真宗の「こども園(昔は幼稚園)」なのに、お寺がないですよね。不思議に思った方、いらっしゃいますでしょうか。なぜでしょう。
 「学校法人見真学園」の礎(いしずえ)は、戦後の広島、昭和24年に浄土真宗本願寺派の安芸教区(広島県西部)の沢山のお寺の方々や、門徒の方々によって、戦後復興と平和の祈り、そして音楽を基調とした教育を目的として「広島音楽高等学校」が設立されたことから始まります。
 その後、昭和49年に、同じ願いをのせて「けんしんこども園」の前身である「見真幼稚園」が設立されたのです。なので、「けんしんこども園」にお寺はありませんが、浄土真宗の沢山のお寺やそこに関わる沢山の方の大切な願いのもとに存在しているのですね。
 私は、私の祖父母の世代や、さらにその前の世代からの沢山の広島の人たちの願いのつまった「けんしんこども園」で、子どもたちの成長に携われることに、いつも感謝と喜びを感じています。
 年長組の園児さんは、卒園近くになると西区寺町にあるお寺の「広島別院」にお参りに行きます。無事に卒園の日を迎えることができたことを感謝し、子ども達と先生とでお参りをします。年長組の保護者の方は参加が可能です。「広島別院」にお参りに行かれる機会って、なかなか無いと思います。保護者の方も日々いそがしくされていると思いますが、ご都合のつく方は、子ども達と一緒に、この機会に、お参りに参加していただけたら、とても嬉しいです。

 お寺(本堂)の無い「けんしんこども園」では、遊戯室の仏壇にいらっしゃる「み仏様(ののさま)」に毎月初め「礼拝(らいはい)」をしています。子ども達と一緒にお参りをしているときに、小さな手をあわせながら、み仏様(ののさま)を純粋に仰ぎ見ている姿は、かわいいなぁと思うのと同時に、「尊い(とうとい)」といった方がふさわしく思うことがあります。子ども達の心の中に、何かピンッ!と張り詰めた気高いものを感じるのです。そんな子ども達の姿を見て、私の緩んだ背筋も「ピン!」となります。
 「まことの保育」・・・聞いたことあるでしょうか?
 「まことの保育」とは、【幼児期の大事な時期の、何気ない普段の生活の中で体験する沢山の出来事は、数えきれないたくさんのいのちに支えられ、生かされて、生きているということに子ども達自身で気づき、よろこび、感謝する気持ちを育む『心の教育』です。】
 けんしんこども園では、「まことの保育」を根っことし「子どもが主体の保育」を幹として保育を行っています。「子どもが、自分でしたいことを選び、遊び込むことで多くのことを学んでいく」と考えています。 子ども達はいつも私たちの想像できない発想で遊びを考え、興味をもち、全力で遊び、学んでいます。私も、子ども達と一緒に遊びこみ、共に学び続けたいと思います。

 ある日・・・年少組の廊下で外遊びへ向かう子ども達と出会いました。子ども達とお話ししていると、女の子が満面の笑みで、私を見て凄く嬉しそうに
(女の子)「三好せんせ~い、今日はずっとここにいるの~、一緒に遊ぶの~?」
(共に学びたい)私は嬉しくて、最高の答えを期待して
(三好)「え~、今日はここにいて、一緒に遊んでいいかな~?」
(女の子)「どっちでもいいーーー!」(そう言い残し園庭に走っていく後姿、小さい背中がさらに小さくなり、私の涙でぼやけていきます(T_T)シクシク。)
 現実は、時には残酷です・・。でも、皆さん、私はくじけません。そう、子ども達は「自分でしたいことを選び!」です。これからも、子ども達と一緒に学ぶため、子ども達と関われるように頑張ります。
  

( T . M )
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